昨日は、親父の七回忌、お祖父さんの五十回忌を執り行いました。

 親父の遺言で、七回忌は簡素にということでしたが、コロナの感染防止を考えて、親父の遺言より更に簡素な法事にしました。

 個室での会食は心配なので、予約していた料理屋さんの座敷(宴席)をキャンセルして、粗飯料ということで商品券を渡すことにしました。

 また、粗供養は本来なら京都市内のデパートに行って取り寄せる予定でしたが、それも商品券にしました。
 近所や親しい家に粗供養(お茶の子)を配るのもやめました。

 法要とは死者の冥福を祈るための供養行事、法事とは法要とその後の会食を含む行事をいうそうです。

 今回は会食を取り止めたので、法事ではなく法要だけということになります。


 親父が亡くなって、もう6年経ちます。
 6年前の3月31日に、住民票を実家の住所に移しました。
 その4日後に、親父が脳内出血で病院に運ばれました。そして、2か月半後に亡くなりました。
 亡くなる日の夕方、病室で会ったのが最後でした。いつになく元気で、最後の言葉は「無理せんときや(しないように)」でした。
 できるだけ、無理をしないで生きていこうと思っています。

 その夜、病院から危篤の知らせがありました。
 間に合いませんでした。
 まだ体温が残っていて、寝ているような感じでした。

 家に連れて帰り、和尚さんに枕念仏をあげてもらいました。
 その日の夜は、親父の横で寝ました。
 友引の関係で、家で二晩、お寺のお通夜で一晩、結局、三晩親父のそばで寝ました。

 告別式があって、その日のうちに初七日があって、親戚や近所の人たちとの会食が終わった時には、体力的にも精神的にも限界で、淋しさを忘れていました。
 きっと感覚がマヒしていたのだと思います。

 その後も、毎晩のご詠歌、逮夜、四十九日、初盆、百箇日と続き、一周忌、三回忌と時間が経つにつれ淋しさと親父が亡くなったという実感が増してきたような感じでした。

 田舎では、法事は一大イベントなんですが、コロナの影響でだいぶ簡素化しました。
 よかったのか、よくなかったのか分かりませんが、状況を考えれば仕方なかったのかとも思います。

 和尚さんもマスクをしての長時間の読経で汗を拭き拭き大変そうでした。





 クルミの芽が大きくなりました。

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 昨秋のクルミの様子です。

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 初夏になってからの生長のスピードがすごいです。

 この苗をどうしょうか考えています。

 苗を畑に植えても、きっとシカに食べられると思います。

 この苗をJA直売所に出品したら売れるでしょうか?
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