7年前(2014年)の3月末日に住民票を故郷に移しました。
 その4日後、親父は夕食時に脳内出血になり病院に救急搬送されました。

 そして、2か月半後に亡くなりました。

 葬式からの一連の法事が一段落してから、少しずつ家の片付けに手をつけました。

 土蔵の中に、味付け海苔のガラス容器に入った果実酒と思われるものが10本ちょっとありました。
 親父が仕込んだものだと思います。
 仕込んだ時期も中身も分からないので、すべて廃棄しました。

 昨年、母屋を片付けている時に、親父の筆跡で、日時と中身を書いた容器が3本ありました。

 「カリン酒 平成21年11月20日」
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 「梅酒 平成21年6月」
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 何も書いていないですが、梅干しが、上の瓶といっしょにあったので、たぶん平成21年だと思います。

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 下の陶器の壺は、8年前に離れをリフォームした時に、離れから土蔵に移したものです。

 中身は、黒くて干からびていましたが、梅干しだと思います。
 お祖父さんが仕込んだ梅干しではないかと思います。
 お祖父さんが亡くなってから、50年ほど経ちます。

 見た目は、一休寺納豆、大徳寺納豆のような感じでした。

 中身を廃棄して、壺はビオトープのメダカを見る時のイスとして使っています。

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 先日、テレビ番組で、400年前の梅干しでも保存状態がよければ食べることができると言っていました。

 親父が残したカリン酒、梅酒、梅干しをどうしたものかと悩んでいます。
 飲食することも、廃棄することも躊躇われます。



 親父はいろんな果樹を植えていました。
 親父だけでなく、曾祖父さんもたくさんの果樹を植えていたのではないかと思います。

 子どもの頃、家の周りに、大きな梅、柿、クルミの木がありました。

 桃、スモモ、梨、ブドウ、イチジク、バナナなどもありました。

 今も小屋に貼ってある親父のメモです。(農薬、肥料の覚え書きのようです。)

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 このメモは、私が故郷を離れていた時のものです。

 大きなレモンの木は覚えています。大きくなりすぎて親父が伐採しました。

 カリンは、今もあります。
 無花果は、誰も食べないので、切りました。

 ミカンは、枯れてしまいました。

 梅は、大きなものは枯れて、今、ブログにUPしている木は、親父が植えたものです。

 ブドウはなくなり、その後、親父はグリーンキウイを植えました。
 そして、私はゴールドキウイを植えました。

 リンゴは枯れてしまいました。
 親父が植えた栗、柿、甘夏柑(八朔では?)は、今もあります。

 桃は、枯れてしまいました。

 他に、ブラックベリー、オリーブなどもありました。

 今も残っているものが、たくさんあります。
 また、同じ種類の果樹で、私自身が植えたものもあります。

 代々、同じようなことを繰り返していることが、とても不思議です。
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