昨日も大学病院に行ってきました。《陽子線治療8/21回目》
 膀胱内の尿が125mlで、一昨日に続きビンゴでした。

 昨日も早く治療が終わりました。

 ぶらり散策で、護浄院に行ってきました。
 京都御所の南東、かつて京都と諸国との出入り口「京の七口」の一つだった「荒神口」という交差点から西に入ったところにあるお寺です。

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 他府県の人には、あまり知られていないですが、京都の人からは、清荒神という愛称で親しまれています。

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 お寺なのに鳥居があります。
 神仏習合のようです。




 護浄院の西隣に、京都府立鴨沂高等学校があります。

 ものすごく古い、歴史のある学校です。

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 Wikipediaを見ると、著名な出身者ということで、たくさんの名前がならんでいます。

 また、中途退学者ということで、森光子さんと沢田研二さんのお二人が載っています。

 
 沢田研二さんは、10月3日のブログで、水上勉さんのエッセイを原案とし主演映画を喰(く)らう十二ヵ月」が来秋に公開 されるという記事を書いたところです。
 
 森光子さんというと、50年ほど前に亡くなったお祖父さんを思い出します。

 お祖父さんは生前、森光子は自分の子どもだと親戚に言っていました。

 お祖父さんは婿養子で、お祖母さんと結婚しました。

 結婚前に、京都市内で働いていた時にできた子どもということなんですが、Wikipediaを見ると、森光子さんの父親は御曹司で大学生と書いてあるので、お祖父さんの戯れ言だったようです。

 お祖母さんが早く亡くなり、長い間男やもめでした。

 村役の長や農協の組合長などをしていました。

 東条英樹に表彰された時の新聞記事の写真が残っています。

 同居だったので、子どもの頃の思い出がたくさんあります。

 葡萄畑のブドウを壺に詰めてワインを作っていたことがあります。本当に飲むことができたかは、覚えていないです。

 卵白は髪の毛によいとか言って、頭に生の卵白を塗られたことがあります。

 生きているマムシの腹から肝を取り出して飲み込んでいたのを覚えています。

 よく、京都市内に連れて行ってもらいました。

 南座でお芝居を観たり、先斗町のお座敷ですき焼きを食べたりした記憶があります。

 よく、いっしょに山仕事や松茸狩りにも行きました。

 私が高校3年のお盆に亡くなりました。

 パチンコの好きなお祖父さんでした。


【関連ページ】

(陽子線治療...1/21回目)

(ぶらり散策...下鴨神社)

(ぶらり散策...御所、蛤御門)

(ぶらり散策...紫式部邸宅址)

(マムシの生肝を食べていた祖父さん)


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