水曜日の朝から、最低気温がいっきに下がります。
昨朝は、裏庭のキンリョウヘン8鉢を室内に入れました。
母屋の居間のテラス(現在はお袋の部屋になっている)に6鉢置きました。
母屋の和室の土間に2鉢置きました。
キンリョウヘンの花は、ニホンミツバチの分蜂群を誘き寄せます。
ここ数年は、分蜂の時期と開花のタイミングが合っていたのに、分蜂群は入居してくれませんでした。
チャンスは、1年間に数週間ということで、ほとんど運まかせです。
裏庭の菊の花と畑のシキビを切って、仏壇にお供えしました。
その後、隣町の温泉♨️に行きました。
温泉の庭の紅葉は、かなり色付いていました。
1時間ほど温まってから、スーパーで買い物をして帰りました。
スーパーのカードにチャージをしようと思って、旧札の1万円を入れたら、受け付けてくれませんでした。
町内の銀行のATMでは、まだ新旧混ざって出てきます。
財布には、旧札が残ってきます。
スーパーでは、電子マネーもクレカも使えなくなって、現金かお店のカードだけです。
旧札を新札に交換してもらって、カードにチャージしました。
不便というか、面倒です。
家に帰ってから、洗濯をしました。
お昼ごはんは、一昨日に作った大豆のミネストローネの残りを食べました。
午後は、図書館で借りていた本を読みました。
西行については、よく旅をしていた歌人という程度しか知りませんでした。
たくさん歌を残していますが、知っているのは、「願はくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」だけです。
歌のとおりに亡くなっています。西行の歌から、彼の生き方や暮らしが分かるのが、人気の理由だと思います。
自由奔放、悠々自適というイメージです。
私は歴史が好きで、工学部を2年で中退して文学部史学科に編入学しました。
その史学科も2年で卒業したので、そんなに歴史については詳しくないです。
退職してから、歴史に関する本をよく読んでいます。
これまで、点だった知識が線になり、面になっていく楽しみがあります。
西行が生きた時代にあった保元の乱については、ある程度知っていました。
保元の乱に登場する人物についても少しは知っています。
崇徳天皇、後白河天皇、平清盛などです。
崇徳天皇については、鳥羽天皇の子ではなく、鳥羽天皇の祖父の白河天皇の子であることや日本三大怨霊の一人であること、古典落語の『崇徳院』に出てくる「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川のわれても末に あはむとぞ思ふ」の歌で知っていました。
今回、この本を読んで、今まで知っていたこの時代の知識に、西行が繋がりました。
ジグソーパズルのワンピースが、ピタッとはまったような感動です。
西行についてですが、私のイメージは、僧侶の姿をした歌人だと思います。
転々と引っ越しをして、庵の生活をしています。また、いろんな地方に何度も旅をしています。
きっと、経済的なバックボーンがあったのだと思います。
出家する前の北面の武士だった時の所領、歌人としての名声、朝廷や貴族、武士などの権力者とのネットワークがあり、経済的にはゆとりがあったと思います。(私の勝手な推測です。)
ふと、瀬戸内寂聴さんを思い出しました。
出家をして法話(講演)をされていますが、私には僧の姿をした小説家にしか見えませんでした。
出家した理由の一つに、不倫の清算があり、毎日ステーキを食べ、日本酒の晩酌を欠かさなかったということです。
世を忍ぶ仮の姿としての出家かなと疑っています。
それでも、西行の生き方に魅力を感じるのは、何故なんでしょうか?
昨日の私の晩ごはんです。
一昨日とほぼ同じです。
メインは、牛肉とキノコの炒め物です。
味付けは、ニンニクスライスとナンプラーです。
ミネストローネは、4回の食事で食べ切りました。
お袋の晩ごはんは、コンビニのドリアをレンチンしました。
【関連ページ】
(4年前、瀬戸内寂聴さんが逝去)
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昨朝は、裏庭のキンリョウヘン8鉢を室内に入れました。
母屋の居間のテラス(現在はお袋の部屋になっている)に6鉢置きました。
母屋の和室の土間に2鉢置きました。
キンリョウヘンの花は、ニホンミツバチの分蜂群を誘き寄せます。
ここ数年は、分蜂の時期と開花のタイミングが合っていたのに、分蜂群は入居してくれませんでした。
チャンスは、1年間に数週間ということで、ほとんど運まかせです。
裏庭の菊の花と畑のシキビを切って、仏壇にお供えしました。
その後、隣町の温泉♨️に行きました。
温泉の庭の紅葉は、かなり色付いていました。
1時間ほど温まってから、スーパーで買い物をして帰りました。
スーパーのカードにチャージをしようと思って、旧札の1万円を入れたら、受け付けてくれませんでした。
町内の銀行のATMでは、まだ新旧混ざって出てきます。
財布には、旧札が残ってきます。
スーパーでは、電子マネーもクレカも使えなくなって、現金かお店のカードだけです。
旧札を新札に交換してもらって、カードにチャージしました。
不便というか、面倒です。
家に帰ってから、洗濯をしました。
お昼ごはんは、一昨日に作った大豆のミネストローネの残りを食べました。
午後は、図書館で借りていた本を読みました。
西行については、よく旅をしていた歌人という程度しか知りませんでした。
たくさん歌を残していますが、知っているのは、「願はくは花のもとにて春死なむ そのきさらぎの望月のころ」だけです。
歌のとおりに亡くなっています。西行の歌から、彼の生き方や暮らしが分かるのが、人気の理由だと思います。
自由奔放、悠々自適というイメージです。
私は歴史が好きで、工学部を2年で中退して文学部史学科に編入学しました。
その史学科も2年で卒業したので、そんなに歴史については詳しくないです。
退職してから、歴史に関する本をよく読んでいます。
これまで、点だった知識が線になり、面になっていく楽しみがあります。
西行が生きた時代にあった保元の乱については、ある程度知っていました。
保元の乱に登場する人物についても少しは知っています。
崇徳天皇、後白河天皇、平清盛などです。
崇徳天皇については、鳥羽天皇の子ではなく、鳥羽天皇の祖父の白河天皇の子であることや日本三大怨霊の一人であること、古典落語の『崇徳院』に出てくる「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川のわれても末に あはむとぞ思ふ」の歌で知っていました。
今回、この本を読んで、今まで知っていたこの時代の知識に、西行が繋がりました。
ジグソーパズルのワンピースが、ピタッとはまったような感動です。
西行についてですが、私のイメージは、僧侶の姿をした歌人だと思います。
転々と引っ越しをして、庵の生活をしています。また、いろんな地方に何度も旅をしています。
きっと、経済的なバックボーンがあったのだと思います。
出家する前の北面の武士だった時の所領、歌人としての名声、朝廷や貴族、武士などの権力者とのネットワークがあり、経済的にはゆとりがあったと思います。(私の勝手な推測です。)
ふと、瀬戸内寂聴さんを思い出しました。
出家をして法話(講演)をされていますが、私には僧の姿をした小説家にしか見えませんでした。
出家した理由の一つに、不倫の清算があり、毎日ステーキを食べ、日本酒の晩酌を欠かさなかったということです。
世を忍ぶ仮の姿としての出家かなと疑っています。
それでも、西行の生き方に魅力を感じるのは、何故なんでしょうか?
昨日の私の晩ごはんです。
一昨日とほぼ同じです。
メインは、牛肉とキノコの炒め物です。
味付けは、ニンニクスライスとナンプラーです。
ミネストローネは、4回の食事で食べ切りました。
お袋の晩ごはんは、コンビニのドリアをレンチンしました。
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